Googleが渋谷でスタートアップ・エコシステムを生み出せるか

渋谷ストリーム開業後、しばらくしてからIT企業が多く入居する六本木ヒルズから移転してきたGoogle。世界の頂点に立つIT企業の日本支社を六本木から渋谷に移したことで渋谷にはどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。スタートアップ・エコシステムという観点から分析していこうと思います。

渋谷にGoogleが来た理由

渋谷にGoogleが回帰した理由は何でしょうか。アメリカ・シリコンバレーで生まれたGoogleは、2001年に日本に進出しました。当時、日本の中で拠点を構えたのは渋谷のセルリアンタワー。その後、業務拡大に伴って、手狭になったオフィスから2010年に六本木ヒルズへと移転し、渋谷ストリーム開業に伴い2019年に渋谷へと回帰することとなったのです。

シブヤ経済新聞によれば、

2018(平成30)年9月に開業した渋谷ストリームは、35階・地下4階、高さ約180メートルの高層ビルで、グーグルは地上14階~35階のオフィスエリア(約1万4000坪)を一括して借り上げる。新オフィスは現在の社員数(1300人)の2倍以上を収容でき、現オフィスがある六本木ヒルズ森タワー(港区)からの移転となる。

とのことで、超高層ビルである渋谷ストリームのほとんどをGoogleのオフィスが占めています。また、渋谷から六本木に移転した際と同様に、渋谷に回帰した要因も業務拡大であり、渋谷は好況な企業かつ世界のリーディングカンパニーを迎え入れることとなったのです。

再開発が活発化している東京において、多数の社員を迎え入れるのであれば渋谷以外でも良さそうなものです。以下が主な東京都心地域において建設されたオフィスビルです。森トラストのプレスリリースを参考に一部を加筆・修正したものになります。

ビル名
東京ガーデンテラス紀尾井町千代田区
住友不動産六本木グランドタワー港区
JR新宿ミライナタワー渋谷区
(最寄りは新宿駅)
東京ミッドタウン日比谷千代田区
虎ノ門ヒルズ港区

これらは延床面積10万m2を超える大型オフィスです。これらのような大型オフィスの中から渋谷を選んだ要因は何でしょうか。これには渋谷のカルチャーが大きく関係しています。

渋谷のITの歴史

なぜ、渋谷のカルチャーがGoogleを引き寄せたのか。これを確かめるために、渋谷の歴史を振り返ってみましょう。

渋谷区、特に渋谷駅周辺や表参道、原宿はファッション業界が栄えている地域です。渋谷駅周辺には東急百貨店や西武百貨店、渋谷PARCOがあり、原宿はセレクトショップなどが明治通り沿いやキャットストリートなどに軒を連ね、表参道は高級なブランドショップが数多く存在します。

そのような街の文化、つまりトレンドに敏感な人たちを引きつける文化とITのような最新の技術が結びつき、渋谷駅周辺には多くのIT企業が集積することとなります。

渋谷文化PROJECTによれば、

1964年に開催された東京オリンピック以来、渋谷にはNHKや大手レコードメーカーをはじめ、映像、出版、広告などのクリエイティブ事業を展開する企業が集まっていた。そうした「感性」に重きを置く事業と、新しい新興勢力であるIT企業とのマッチングがとても良かったこと。加えて渋谷は、ファッションや音楽をはじめ、新たなカルチャーを生み出し発信してきた街であり、大都市でありながらインデペンデントな活動をする企業や個人も多く、新たなチャレンジを歓迎するムードに満ちていた点も大きい。また、ネクタイ、スーツの丸の内スタイルとは異なり、Tシャツ、ジーパンスタイルでも許される渋谷の風土も、若いIT起業家を誘引する大きな一因となったのではないだろうか。

とあり、丸の内や日本橋のようなフォーマルかつ保守的なビジネス文化を持つ地域とは渋谷は一線を画したエリアです。

GMOのシニアクリエイターである稲森氏はインタビューで以下のように答えています。

「あくまで主観ですが、丸の内や大手町は1を100にできる人が多い街であるのに対し、渋谷はAIや、ブロックチェーンといった新しい技術をカタチにするような、0を1にする〝ゼロイチ〟を創る人が多い印象があります。この文化はITに限らず、渋谷にオープンする飲食店などにもいえることです」

上記のように、市場には全くなかったものを生み出すイノベーションを起こせる街として渋谷が選ばれた、と言えます。

当時はサイバーエージェントや楽天、GMO、DeNAなどが渋谷のビルに入居しており、それら企業のシード期、アーリー期を支えていました。外資系企業はamazon、Apple、マイクロソフトなどが支社を構えており、集積の結果、エリア全体を「ビットバレー」という呼称で表現されることとなります。

トレンドに敏感なカルチャーがIT企業を引きつけたという側面以外にも当時はまだ渋谷駅周辺には老朽化したビルが多く、家賃が安かったので借りやすかったため、資金の乏しいスタートアップ企業は資金繰りを安定させやすかったという面、ターミナル駅である渋谷駅の交通のメリットもあるようです。

URBAN LIFE METROにおいて、なぜ外資系が渋谷区を選ぶのかについて以下のように記載されています。

歴史的に、外国人は自国の大使館近くに居を構えることが多いという傾向がありました。東京で大使館が多いのは港区。東京の北側や東側ではなく、いわゆる城西・城南エリアです。外資系企業の外国人、特に欧米系の大企業のエリートたちは、城西南を好みました。彼らは住環境に対する意識が高く、日本の「ウサギ小屋のような住宅」が苦手です。そして通勤ラッシュも、できる限り避けたい苦痛のひとつ。  なるべく職住近接したいという意識や、城西南志向から、外資系企業のオフィスが渋谷区や港区を候補に挙げるのはうなずけるかと思います。

上記のようにITベンチャー企業で栄えた地域ではある渋谷。しかし、その繁栄は長くは続かず、2003年に六本木ヒルズ開業を前後にビットバレーの崩壊を迎えます。

渋谷で成長した企業が事業成長のために新たなオフィス探しをする中で、渋谷駅周辺には広いスペースを提供できなかったため、様々なIT企業が六本木ヒルズを始めたとした地域に移転、集積は分散していくこととなります。

しかし、渋谷文化PROJECTによれば、2000年以降東京23区内で最もIT企業が設立された地域は渋谷区(588社)であり、IT企業の成長を一定程度まで支える機能は担い続けていたのです。(2位は港区501社、3位は千代田区274社)

これを踏まえると、2000年代は渋谷がスタートアップの地として選ばれ、事業の成長と共に渋谷以外の地域に流出していた時代であると言えます。

その後の2010年以降、渋谷駅周辺にも六本木にかつて訪れた再開発の波が訪れます。2012年に「渋谷ヒカリエ」の開業によって渋谷駅周辺に久々の大型オフィスが提供されたことによりDeNAやLINEが入居、さらに2018年に「渋谷ストリーム」、2019年に「渋谷スクランブルスクエア」、「渋谷フクラス」が相次いで開業されたことによって、Googleが六本木から回帰、それに伴い様々なIT企業が渋谷駅周辺に移転、そしてスタートアップ企業のためのメンターとしてアクセラレータが誘致されるなど「ビットバレー2.0」と言っても過言ではない動きが見られています。

上記のような流れの中で、Googleはアクセラレーションプログラムを行い、「スタートアップ・エコシステム」の構築を目指すこととなるのです。

スタートアップ、エコシステムとは何か

スタートアップ、そしてエコシステムとはどのような意味でしょうか。それぞれの意味を確認していきましょう。

創業(スモールビジネス)とスタートアップという分け方をした時に、創業は飲食業や建設業など従来型の起業、つまり既存市場への参入だと言えます。これに対して、スタートアップは新たな市場を作ること、革新的な事業を行うことであると定義できます。

次にエコシステムとは。

エコシステムは、総務省の定義によれば、

ビジネスエコシステムとは、まさにビジネスの「生態系」であり、企業や顧客をはじめとする多数の要素が集結し、分業と協業による共存共栄の関係を指す。そして、ある要素が直接他の要素の影響を受けるだけではなく、他の要素の間の相互作用からも影響を受ける。

とあり、これを踏まえると、渋谷には一時期IT企業が集積している状況が生み出されていたと言えます。

つまり、2000年代初頭の「ビットバレー」構想は、エコシステムが生まれかけていた時代であると言えます。そして、2010年以降の渋谷駅再開発の中で、再度スタートアップ・エコシステムを生み出そうというのが、現在の構想なのです。

そして、開発元である東急電鉄は、Googleの渋谷スタリームの誘致以外にも「東急アクセラレートプログラム(Tokyu Accelerate Program)」というスタートアップ育成事業やインキュベーション施設の建設を行っています。

また、スタートアップ・エコシステムの本場であるシリコンバレーより「Plug and Play」というアクセラレーターを誘致し、

国内外の、主にアーリーステージのスタートアップをアクセラレートする、約3ヶ月のプログラム(単位を“Batch”と呼んでいます)を、企業パートナーと共に行っています。企業パートナーはプログラムへの参加を通じ、厳選された国内外スタートアップとの個別面談、ネットワーキング、ディールフローセッション(ビジネスマッチング)等の機会が提供されます。また、コワーキングスペース兼イベントスペースである、Plug and Play Shibuyaを起点として、大企業とスタートアップが混ざり合うコミュニティ作りを進めています。アクセラレーションプログラムや多数のイベント開催を通じて、日本でもスタートアップ・エコシステムを形成していきます。(Plug and Playホームページより抜粋)

上記のように、再開発によって大企業のみならず、スタートアップ企業の誘致・育成を手掛けるのがスタートアップという観点から見た渋谷駅再開発の特徴です。

Googleの取り組み

大企業であるGoogleも渋谷ストリームに移転して、大人数である社員を迎え入れられる状態になったというだけではなく、スタートアップ育成プログラムを行っています。

その名も「google Launchpad Accelerator Tokyo」です。東京以外ですでに実施されており、世界40か国で行われているプログラムです。

とあり、世界最大のインターネット企業から事業成長のノウハウを教育してもらうスタートアップで成功したいと望むものにはこれ以上ない貴重な機会です。

具体的なプログラムは、

  • OKRを使った目標管理
  • リーダーシップ教育「LeadersLab」
  • デザイン思考フレームワーク「Design Sprint」
  • 技術やビジネス面でのメンタリング

OKRとは、Objectives and Key Resultsの略であり、Google社内で活用されている組織や個人で目標を明確にして、最大のアウトプットを実現するためのフレームワークであり、その活用を方法を学ぶことができます。

「Leaders Lab」は、スタートアップを左右する最大の要因は「ヒト」であると唱え、数々の統計データを用いてリーダーシップ教育を行うものです。

「Design Sprint」は、問題の全体理解→課題定義→アイデア発散→意思決定→プロトタイピング→検証」のプログラムであり、ニーズ思考に基づいたプロダクト開発を行うものです。

技術やビジネスでのメンタリングは、起業家やUX/UIのメンターから教育を受ける機会の提供であり、スタートアップを成功させる過程での失敗や克服法などを経験者から教授する機会を提供しています。

このアクセラレートプログラムによって、すでに複数の企業が事業化を実現しており、貿易業務のクラウドサービスを提供している「Zenport」や創薬や再生医療、細胞治療、検査診断分野といった医療、生命科学研究を革新を目指す「THINKCYTE」、独自アルゴリズムで音声から気分の状態を判定する「Emapth」などを支援しました。

プログラムを実施することによるGoogleのメリットは、エコシステムの拡大にあると言えます。小さな企業を多く生み出すことによって、Googleなどの大企業やアクセラレーター、専門家などが技術やノウハウを提供し合い、さらなる「オープンイノベーション」を実現できるのです。そして、最終的には資金提供やM&A、ヘッドハンティングなど人材や技術獲得を目指していることは明白と言えます。

渋谷への影響

上記のようにスタートアップ育成のために盛り上がりを見せる渋谷ですが、国内の他地域においてもエコシステムを生み出す動きがあります。代表的な都市は、神戸と福岡です。両都市のエコシステム醸成は「神戸モデル」、「福岡モデル」と名付けられています。この2つの都市と渋谷モデルのスタートアップの違いは、神戸と福岡は行政主体であり、渋谷はGoogle主体であると言う点です。Googleという巨大すぎる企業がエコシステムに中心にいることで他都市における街づくりとの差別化となっているのです。

今後も渋谷ではGoogleが中心となって、エコシステムが拡大していく流れに目が離せません。世界を代表するスタートアップ都市となるためにも、Googleに続く大企業の参入、スタートアップが続々と成功を収めるための努力は欠かせないと言えるでしょう。

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